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【講座】真空管オーディオ講座Step2 真空管+ICで作るヘッドホンアンプ
https://www.street-academy.com/myclass/157413
の追加情報を記載しています。
目次
現在のヘッドホンアンプに必要な機能
今の時代では、デジタル機器の音を外部に漏らすことなく良い音で聴くためにヘッドホン/イヤホン(以下、ヘッドホン/イヤホンを「サウンドデバイス」と表記します)が広く使われています。CDプレーヤ、DAコンバータ、BTレシーバなどのデジタル機器のアナログ出力信号の最大電圧は、一般的に0.7Vrms~2Vrmsであるのに対して、耳の安全を考慮したイヤホンの入力電圧は4mVrms程度(イヤホン感度110dB/mW、16Ω、音圧レベル80dBとした場合)なので、-20dB~-30dB程度の「音量調整機能」が必要になります。
「音量調整機能」はデジタル機器側のデジタルボリュームで行うことができますが「デジタル演算で信号レベルを下げるのは音質に影響を与える」という見解があり、アナログ的な音量調整機能も多く使われています。
またデジタル機器の出力インピーダンスとサウンドデバイスの入力インピーダンスは様々なので「音量調整」の他に「入出力のインピーダンス整合機能」も必要です。
ヘッドホンアンプはこれら二つの基本機能の他に「音のキャラクタを変える」機能も備えることで、音楽を自分の好みに合った音にアレンジして楽しむための装置としても活用することができます。
ヘッドホンアンプの構成例
この講座で作るヘッドホンアンプは、次のような構成(【】で囲んだ部分)としています。
デジタル機器のアナログ出力→【減衰器(ボリューム)→電圧増幅器(減衰器)→電力増幅器】→サウンドデバイス
0.7Vrms~2Vrmsのアナログ出力信号を4mVrms程度に減衰するので、ヘッドホンアンプ全体では「増幅器」ではなくて「減衰器」として動作します。そのため電圧増幅器にデジタル音源側の最大振幅を歪むことなく受け入れて所望のレベルまで減衰する機能を受け持たせています。減衰器(ボリューム)は音楽ソースの最大音量の差を調整するのが主目的であり、場合によっては省略することも可能です。
電圧増幅器は音のキャラクターを決める「味付け」としての機能も持たせています。わずかな塩を加えることでアンコの甘みを引き立てるような味付けを行うのと同様に、真空管による適度な「歪み」を加えることで音の艶を際立たせる、といった調整を楽しむことができます。
電力増幅はインピーダンス変換器(Hi受けLo出し)として動作します。ゲインは1倍(0dB)を基本とします。
出力インピーダンスを調整することによりサウンドデバイスとの「相性」を調節することができます。また電源ONOFF時や万一の故障時などに発生する異常出力を抑止する機能も必要です。
真空管電圧増幅器の解説【基本】
講座で製作するアンプは「真空管電圧増幅器」を採用しています。回路には「PK分割回路」を選定しました。
回路図だけを見ていても回路の特長は分かりませんが、回路を数式で表現することより回路の動作を定量的に知ることができます。
工学的な設計とは「入出力の関係を数式で表現すること」なのです。
それでは次のような手順で、この回路を数式化して回路の動作を探ります。
Step1 PK分割回路の「等価回路」から「入力電圧ei 対 出力電圧eL、erk」および「入力電圧ei 対 バイアス電圧ec」を求める。
Step2 この数式を使って回路の特徴を調べる。
Step3 「6AU6三極管接続」の場合の特性を調べる。
最初に回路図と等価回路を示します。等価回路では真空管を電圧源として扱うので、電圧増幅率(μ)を使います。
Step1
入力と出力の関係から3本の式を立てて、最初にeiとibの関係を求める。
μ、rpは真空管の動作条件によらず一定値の定数と仮定するので、回路は「線形回路」として扱う。
(RL+rp+(Rc+Rk))×ib=μ×ec・・・①
ei=ec+ek・・・②
ek=(Rc+Rk)×ib・・・③
②と③より
ei=ec+(Rc+Rk)ib
ec=ei-(Rc+Rk)ib・・・④
④を①へ代入してibを求める。
(RL+rp+(Rc+Rk))ib=μei-μ(Rc+Rk)ib
(RL+rp+(1+μ)(Rc+Rk))ib=μei
ib=μ/(RL+rp+(1+μ)(Rc+Rk) ) ei・・・⑤
ibを使って「eiとec、erk、eLの関係式」を求める。
ec=ib×Rc=μRc/(RL+rp+(1+μ)(Rc+Rk) ) ei・・・⑥
erk=ib×Rk=μRk/(RL+rp+(1+μ)(Rc+Rk)) ei・・・⑦
eL=-ib×RL=(-μRL)/(RL+rp+(1+μ)(Rc+Rk)) ei・・・⑧
Step2
「eiとec、erk、eLの関係式」を変形する。
ec=Rc/((RL+rp)/μ+(1/μ+1)(Rc+Rk) ) ei・・・⑨
erk=Rk/((RL+rp)/μ+(1/μ+1)(Rc+Rk)) ei・・・⑩
eL=(-RL)/((RL+rp)/μ+(1/μ+1)(Rc+Rk)) ei・・・⑪
この式でμ→大とすると次のような近似式が得られる。簡易的な回路設計には、この近似式を用いることができる。
ec≈Rc/(Rc+Rk) ei・・・⑫
erk≈Rk/(Rc+Rk) ei・・・⑬
eL≈(-RL)/(Rc+Rk) ei・・・⑭
■一般的な定数の設定としてRc=1kΩ、Rk=RL=10kΩとすると、⑫式~⑭式より
ec≈1/11 ei≈0.09ei 、erk≈10/11 ei≈0.9ei 、eL≈-10/11 ei≈-0.9ei
これより、
(1)入力電圧ei(グリッド-GND間電圧)はグリッド-カソード間電圧(ec)の約11倍まで入力できる。つまりecがー0.8V~0Vの範囲で動作する真空管では最大振幅±4.4V程度(AC結合)まで入力できる。
(2)カソードの出力電圧erkは入力電圧eiと、ほぼ等しく位相は同相
(3)プレートの出力電圧eLは入力電圧eiと、ほぼ等しく位相は逆相
■Rc=1kΩ、Rk=0Ω、RL=10kΩとすると「プレート増幅回路」となる。
ec≈ei 、erk≈ei、eL≈-10/1 ei=-10ei
(1)PK分割回路は「グリッド入力、プレート・カソード出力」型の増幅回路の一般形と言える。RLとRkの値を調整することにより、ゲインを適宜設定することができる。
(2)Rc、Rkを更に分割して、分割した抵抗にコンデンサを並列接続することにより、DCバイアス・DCゲインとACゲインを独立に調整することもできる。
Step3
「6AU6三極管接続」の場合のμとRpはデータブック(「オーディオ用真空管マニュアル」一木吉典著)より、μ=35 、rp=7500Ω
この値とRc=1kΩ、Rk=RL=10kΩを用いてec、erk、eLとeiの関係を求めると
⑨式~⑪式を用いた厳密解:ec=0.085ei、erk=0.846ei、eL=-0.846ei
入出力のゲインは約0.85倍(-1.4dB))、入力のダイナミックレンジは±5Vpp程度と予想される。
以上の結果より、デジタル音源側の最大振幅を歪むことなく受け入れ可能で、マイナス利得の「減衰器」として動作することが確認できた。
真空管電圧増幅器の解説【非線形性の導入】
前項で求めたゲインの厳密解、近似解は「-0.846倍、-0.9倍」です。つまり入力対出力は完全に比例しています。もし、現実の回路も同様であれば「増幅素子の差異」は存在しないことになり「真空管の個性」は存在しないことになります・・・本当でしょうか?
この問題を確かめるため、次のような手順で実際の真空管増幅回路の動作を明らかにします。
Step1 6AU6を三極管接続にして、プレート電圧30Vの時の「静特性」とプレートに負荷を接続した「動特性」を測定する。
Step2 静特性から直流動作点を決めて、動特性測定回路で実際の「負荷直線」を測定し、グリッド電圧とプレート電圧の「実際のゲイン」を調べる。
Step3 「負荷直線」から予想される「実際のゲイン」と実測値を比較して、真空管の「音の味付け」がどのように出現するのか?について考察する。
図3から図5に測定回路示します。注意点は以下の通りです。
・AVRは可変安定化電源を意味しており、電圧、電流は全てDC領域
・「PK」は「PK分割回路」、「P」は「プレート増幅回路」を表す
・データは6AU6マツダ製n=1(来歴不明)の測定値であり代表値や平均値ではない
Step1
図3の静特性測定回路を用いて「6AU6三結」のEc-ib特性を測定した結果を図6に示す。入力Ecと出力ibの間には、線形の比例関係が成立していないことが読み取れる。Ec-ib特性が線形だと仮定した場合のEc-ib特性を点線で示す。
グリッドの直流動作点(バイアス電圧)を-0.4Vdcとして、AC領域のグリッド電圧は0±0.4Vp(DC領域:-0.8V~0V、AC領域:0.8Vpp)の範囲で変化するものとして実測と線形を比較すると「Ecが0Vac→+0.4Vacでは実測のゲインの方が高い」、「Ecが0Vac→-0.4Vacでは実測のゲインの方が低い」傾向となっている。
次に、図3の静特性測定回路を用いて「6AU6三結」のEb-ib特性を測定した結果を図7に示す。プレート電圧が30Vレベルの低電圧動作のデータがメーカのデータシートには見当たらないため実測した。図4のPK分割回路、図5のプレート増幅回路において、RL=Rk=10kΩ、Rg=100kΩとして、それぞれ実測した「負荷直線」を図7に併記する(「負荷直線」の測定方法はStep2に記載した)
Step2
「負荷直線」の実測データを用いてEcとELの関係を表す「Ec対EL特性」を求めた結果を図8に示す。この関係を用いてG1側をEc=-0.4Vを中心として±0.4V振った時のELの出力電圧を計算で求めることができる。
■図4、図5の測定回路の調整と測定方法
G1に接続しているAVRを外した状態でEc=-0.4VとなるようにRcを調整し(自己バイアスの動作点を正確に-0.4Vに合わせ込む)、その後AVRを接続してEcの値が0から0.1V単位で変化するようにAVRの電圧を適宜調整し、各部の電圧、電流を測定する。
■Ec対ELの関係式の決定
ig(EL)とEcの関係式は
ig=K(Ec+Ep/μ)^1.5 (島山鶴雄著「音声増幅器設計並調整」14ページ2.2式)
とされているが、今回はexcelのグラフ近似曲線作成機能を使用して2次式で非直線近似して「負荷直線近似式」を導出した。その結果を図8に示す。
■「図4 動特性測定回路_PK」と「図5 動特性性測定回路_P」とでシミュレーションを行う。
Ecにサイン波を代入した時のELの時間領域での出力をexcelで計算した結果を模式的なグラフで図9、図10に示す。
計算の過程としては、最初に図8で求めた「負荷直線近似式」を次のように変形する。
・プレート側だと位相が反転することを考慮して符号を反転する。
・自己バイアス-0.4Vでの直流動作点が交流動作点では0Vになる
ことを考慮して【x座標:-0.4、y座標:-y(-0.4)】オフセットする。これを当てはめると
PK分割回路の「負荷直線近似式」:y=(-2.0753(x-0.4)^2-6.9655(x-0.4)-6.171)-3.717
プレート増幅回路の「負荷直線近似式」:y=(-4.596(x-0.4)^2-12.311(x-0.4)-9.257)-5.068
この式のxに「最大値を適宜変化したサイン波の瞬時値」を代入してyを計算するとELの瞬時値(プレート側負荷RLの両端電圧⇒交流出力電圧)を求めることができる。「負荷直線」の非直線性の影響によりELは非対称な正弦波となることがわかる。
Step3
「図4 動特性測定回路_PK」、「図5 動特性測定回路_P」のG1側をコンデンサでDCカットして低周波発振器に接続して、400Hzサイン波のpp値を適宜変化してecの値を0.2Vpp(±0.1V0p)から0.8Vpp(±0.4V0p)まで振った時の「eL出力のAC特性」と図8のDC測定で求めた「EL出力のDC特性」の比較を図11に示す。
AC特性ピーク値とDC特性が概ね一致しており、交流信号はStep2で求めた「負荷直線近似式」の上を動いているものと推測できる。
またeLの正負の出力(+V0p、-V0p)と正負振幅の偏差( (|+V0p|-|-V0p|) / (|+V0p|+|-V0p|) )を図12に示す。正負振幅の偏差は負側振幅が大きい事を示しており、「負荷直線」の非線形性の影響によりeLに歪みが発生している。これが「真空管固有の歪み」を表している。
真空管電圧増幅器の出力の解析
前章で考察した「真空管固有の歪み」を実際の交流信号で観察した結果を示します。eLが約7Vppの状態だと、GK間の電圧は±0.8Vを越える領域までスイングしており、目視でもわかるレベルの歪み(+側が潰れ気味の上下非対称波形)が発生しています。
この状態での「歪み率+ノイズ(THD)」をスペクトラム・アナライザの歪み率計測機能を使って測定した結果は次の通りです。
PK分割回路(ゲイン0.77倍):2.46% プレート増幅回路(ゲイン6.9倍):7.8%
PK分割回路は負帰還の帰還量が多いので、ゲインが低い代わりに歪みの量が少ないことがわかります。
抵抗Rkの値を減らしていくと「負荷直線」はPKからPへ向けて移動(図7参照)するので歪みの量も変わります。Rkの値を変えて歪量を変えることで音のキャラクターを変えることも可能です。
まとめ
人間は自分の意識をあらゆる物に投影する能力があります。また、音の良し悪しを決めるのは聴いた人の主観が全てです。そのため、真空管を始めとした周辺の部品や電源、ケーブル類、音源の種類、など、音を出すのに必要なあらゆる装置・部品に「こだわり」を持つと、その「こだわり」は音に投影されます。
一方で、音楽の情報を正確に伝送し、増幅し、再生するためには電子回路の「技術的裏付け」も必須です。
ブランド真空管や高音質部品・高級線材などの採用だけではなくて、電子回路の「技術的裏付け」を知って、回路の仕様を変えることを試してみるのも意義深いことです。「こだわり」と「技術的裏付け」の両方を追求することでオーディオの楽しみの幅を広げていただけると幸いです。